小説家 山谷麻也さん

ユーザーの向井さんは、WEB小説 「小説家になろう」で、山谷麻也というペンネームで小説を投稿されています。それもすごいペースで、短編から超長編まで。情報量の多さにはびっくりさせられます。とても多才でユニークな方です。

その中から、徳島のユーザー仲間との交流について書かれたものをご紹介します。少し日にちが経ってしまいましたが、池田の酒まつりの出来事を面白く書かれています。

田舎暮らし番外編 「四国酒まつり」

§1 出陣

 夏の「四国酒祭り」に出かけるのは初めてだった。今年は八月一三日午後に開催された。

 これを主催者は「夏の陣」と称している。ということは、これまで二回参加した二月の酒祭りは「冬の陣」ということになるらしい。酒呑みは何かと大義名分を考え出すものだ。コロナ禍で二年間中止になっていただけに、意気込みは尋常でない。

 ただ、昼間に、しかも夏の炎天下での飲酒である。いや増す罪悪感に打ち勝てたのは、馴染みのスナックのママのステージがあり、さらに、仲間の盲導犬ユーザーが遠路飲みに来るからであった。

 タクシーで会場の「ふらっとスクエア」に向かう。公園の入り口で検温、手指消毒を済ませ、場内へ歩を進める。

 まだそれほど盛り上がってはいない。しかし、♫吞んで呑んで呑みまくれ♫ などと、禁酒同盟が眉をひそめそうな歌がガンガン流れる。酒に弱い私など、聴いているだけで酔ってしまう。

「どこかで会えるだろう」

 と安易に考えすぎていた。何も見えない。太陽光の下では、世間は真っ白だった。仲間の旦那さんが発見してくれることに期待したが、これも虫が良すぎた。

 この暑さは盲導犬のエヴァンには酷だろう。態勢を立て直すため、広場の前のカフェに入る。ここは盲導犬を快く受け入れてくれる、数少ない店だ。

 §2 出会いパート1

 店は混んでいた。

 ビールとサラダを注文したかったが、ランチメニューしかやっていない。店員さんがメニューを持ってくる。

「見えないんですよ」

 と、伝える。

「私が読んであげますよ」

 と、となりの女性。先ほどからしきりにエヴァンをうかがっていた方だ。

 ビールとモツ煮が来た。肉系はふだん積極的には食していない。痛風の激痛を忘れられないからだ。この際、そんなことも言ってられなかった。単品ではほかに選択肢がなかったのだ。改めて、ビールにはモツ煮が合うことを実感した。

 §3 出会いパート2

 親切な女性にお礼を告げて、再び会場へ。

 道路を渡ろうとして、サポートしてくれた女性がいた。孫娘を知っているという。教員で、現在は他校に勤務しているらしい。

 不思議なことに、何も言わないのに、仲間たちのいる場所まで案内してくれた。手際が良すぎる。

 仲間のひとり、鷺野さぎのさんは県の人権教育指導員として、孫娘の通う小学校に講演に来たことがあった。そこで交流を持つことになったのが、くだんの先生だ。

 鷺野さんが酒豪なのは知っていた。旦那だんなさんと我が家に寄ってくれた時、呑みっぷりを拝見している。

 もうひとりの仲間、工藤さんはエヴァンの弟のアースのユーザーである。兄弟が再会し、喜びあったのは言うまでもない。

 工藤さんも、この種のイベントがあると、血が騒ぎだすタイプらしい。鷺野さんにサポーターの紹介を依頼し、今回のそろい踏みとなったものだ。

 徳島県には現在、六頭の盲導犬がいる。そのうちの三頭が集まったのだから、アルコールの威力には恐れ入る。

 先生を交え四人で話していると、声をかけて来た女性がいた。

「先ほどカフェで隣にいたものですが、盲導犬を見ていて、どうしても同行体験がしたくなりました。お願いできますか」

 と、いうことだった。

 ありがたい申し出だ。体験していただく。

 §4 待望の試飲

 それにしても暑い。人間はともかくとして、エヴァン、アース、それに鷺野さんのディアに元気がない。イヌは体が地面に近いことから、暑さは大の苦手だ。ひとまずカフェに退散することになった。

 カフェで涼を取り、再び会場へ。まるで、息継ぎに陸に上がっては水中に潜って行く、川遊びでもしているみたいだ。

 チケットを買い、地酒を試飲して回る。一枚につき、小さなコップ五杯まで飲める。高知と地元三好市のコーナーにする。

 今日、初めて口にする日本酒だ。じっくり味わいたかったが、ガイドしてくれる鷺野さんの旦那さんに申し訳ない。今回はドライバー役なので、酒仙はずいぶん欲求不満になっているだろう。

 実は、ママのステージまで時間を持て余し、泥酔するのではと心配していた。いろいろなことがあり、私は酔えないでいたのだ。

 §5 あわやのすれ違い

「ステージは何時からですか? 今、三味線しゃみせんを持った人たちが、駅の方へ歩いて行きましたよ」

 カフェから外を見ていて、サポート役の先生が教えてくれた。

「それだ。そろそろ行ってみます」

 ひとりで行くというのを、鷺野さんの旦那さんが案内してくれる。エヴァンはカフェに待機させることにした。

「どの方が知り合いですか?」

 鷺野さんの旦那さんにかれる。年恰好かっこうなどを説明すると

「じゃあ、あの方かな」

 LINEで知らせてくれたのより、ずいぶん短い演奏だった。

「あそこに出演者が並んでいるので、あいさつに行きましょう」

 と、鷺野さんの旦那さんはどこまでも優しい。

 ところが、ママはいなかった。

「それは酒祭りの方でしょう」

 ここは阿波踊りのイベント会場だったのだ。三年前、ここのステージで阿波踊りを見物したことしか頭になかった。

 一瞬あきらめかけたが、鷺野さんの旦那さんに励まされ、酒祭りの会場に戻る。

 ギリギリセーフだった。最後の演目をいていた。

 ママが感激してくれた。

「来年は歌ってよ」

 などという。だいたい、私の歌はお天道様の下で聴かせる類のものではない。そんなことは百も承知のはずだ。

 §6 再びの奇縁

「よかったわね」

 ママにいろいろな方が声をかける。

「あれ⁉ 私、さっき同行体験させていただいた者です」

 市内の病院の看護師さんだった。

「ふたり、知り合いだったん?」

 キョトンとするママに、看護師さんは今日のいきさつを説明している。

 まあ、終わりよければすべてよし。

 仲間に別れを告げた。ゆっくり吞みたくなる。エヴァンは心得たもので、いつもの飲み屋にぐいぐい引っ張って行く。

 いろいろなことがあった。いろいろな出会いもあった。過疎地とはいえ、三好市の人口は二万三千人。これが、人口二千人の町の出来事なら分かるが。